大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所 昭和34年(行)3号 判決 1960年3月29日

原告 中村亀吉

被告 黒石市長

主文

被告市長が昭和三十四年二月七日付を以てなした原告の黒石市消防団長の職を免ずる旨の処分は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として、

一、原告は昭和二十二年七月一日より引続き黒石市消防団長(昭和二十九年七月の市制以前は黒石町消防団長)の職にあるが、被告市長は昭和三十四年二月七日付を以て消防組織法第十五条の三第二項により原告の右消防団長の職を免ずる旨の辞令を発し、これを原告に送達した。

二、しかしながら右消防団長の職は消防組織法第十五条の三第二項により直ちに被告市長が罷免できるのではなく、同法第十五条の二第三項の規定に基いて制定せられた黒石市消防団条例の定めるところによらなければならないところ、右条例には懲戒による罷免(第六条)の外これを定めた規定がない。従つて前記免職処分が懲戒による罷免でないならば法律の根拠を欠く無効のものである。又若し懲戒による罷免だとしても右懲戒の事由としては右条例第五条に一、消防に関する法令、条例又は規則に違反したとき、二、職務上の義務に違背し又は職務を怠つたとき三、団員たるにふさわしくない非行があつたときと限定的に列挙されているところ、原告には右のいずれにも該当する所為がないから免職は無効であると述べ、

被告主張の事実中黒石市消防団長の職が非常勤であることは認めるが罷免事由として掲げる事実はいずれも否認する。尤も原告は黒石市々議会議員として被告市長の施政方針に反対した事実はあるがこれは右職責上当然のことでなんら非難されることではない。又仮りに黒石市消防団長の職が被告主張の如く市長の自由裁量によつて罷免し得るものとしても自由裁量とは恣意を許すものではなく容観的な正当性を有するものでなくてはならない。従つて原告に多少の非難に値する行為があつたとしても事は罷免に値する程重大ではないから本件免職処分は裁量の範囲を逸脱した違法のものであると述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、請求原因一、の事実は認める。同二、の事実中黒石市消防団条例に主張のような規定があることは認めるがその余の事実並びに法律上の見解は争う。

本件免職処分は懲戒によるものではない。一般に市町村長は消防組織法第十五条の三第二項により「一定の事由」に基き消防団長を罷免できるものであるが本件におけるように非常勤の消防団長に対する場合には右「一定の事由」とは市町村長の自由裁量を意味するものである。しかるところ原告市長が本件免職処分をするについては次に列挙するような罷免を相当とする合理的な事由がある。即ち原告は(1)上司たる被告市長の施政方針に反対している。(2)消防団の運営を政治的に利用して被告市長に対し野党的立場をとつている。(3)消防団の運営に関しし、上長の指揮、命令に従わず又上下同僚間の反目が絶えない。以上の事実は畢竟被告市長の行政の一環をになう非常勤公務員としての適格を否定する事由として十分であり、被告市長がその裁量によつて罷免したのは誠に相当な処置である。

若し仮りに黒石市消防団長に対する罷免が市長の自由裁量によることを許さず、条例に定める懲戒処分としてしかなし得ないものであるとしても原告には客観的にみて条例に定められている懲戒事由に該当する所為があるる。具体的にその二、三の事例を挙げれば(1)昭和二十七年八月二十一日正午過ぎに黒石町消防長兼消防署長の岡崎良雄が火災警報に接し急ぎ消防自動車により出動の準備中、原告は右岡崎をさしおき無断で右自動車に乗り自ら指揮者席に坐してしかも区域外にまで出動し、ために原告はこの問題で黒石町議会の詰問を受けた。右事実は消防組織法第十五条の二第二項、黒石市消防本部規則第五条、に違反するから前記条例第五条第一号に該ることは勿論同条第二号所定の「職務上の義務に違背し、又は職務を怠つたとき」にも該当する。(2)昭和三十一年一月十四日黒石市内の聖テレジア幼稚園から出火した際黒石市消防署の自動車二台が出動し消火作業に当つていたところ、原告指揮下の消防団の自動車四・五台が現場にかけつけたに拘らず一台を除いて他は拱手傍観するのみでなんの協力もしなかつた。のみならず原告は消火作業中の消防士長盛重徳に対し、「馬鹿野郎、そのざまで火が消せか」と悪言を浴せかけた。右事実は消防組織法第一条、黒石市消防団規則第九条に違反することが明かであるからこれまた前記第一号の懲戒事由に該る外第二号の懲戒事由にも該当するものである。(3)更に原告は昭和三十三年に実施された黒石市長選挙の際現市長の対立候補福士永一郎に対して投票するよう消防団員に対して運動した事実がある。右は前記懲戒事由第三号の団員たるにふさわしくない非行があつたときに該当する。以上の次第で本件免職処分はいずれにしても相当であつてなんらの違法がないと述べた。

(立証省略)

理由

被告市長が昭和三十四年二月七日付を以て原告の黒石市消防団長の職を免ずる旨の辞令を発し、これを原告に送達したことは当事者間に争がない。

原告は右消防団長の罷免は黒石市消防団条例に定める罷免事由によらなければならないのに右免職処分はこれに基かずしてなされた無効のものである旨主張するのに対し、被告は条例とは関係なく被告市長の自由裁量によつて免職し得る旨主張するので先ずこの点につき按ずるに、消防組織法第十五条の三、第二項には「消防団長は消防団の推薦に基き市町村長がこれを任命し、一定の事由により罷免する」とあるが同法第十五条の二、第三項によると「消防団員の任免給与、服務その他の事項は……非常勤のものについては市町村条例でこれを定める」ものとされるところからみれば前記規定に謂う「一定の事由」とは非常勤のもの(本件における消防団長の職が非常勤であることは当事者間に争がない)にあつては市町村条例に定める罷免事由を指すものと解すべきであるる。そして成立に争のない乙第九号証によると右十五条の二第三項の規定に基いて制定せられた黒石市消防団条例に懲戒による罷免(第五条、第六条)の外には罷免事由を定めた規定がないから被告市長としては右懲戒処分としての罷免以外には罷免の権限がないものと解する外はない。そして本件免職処分が懲戒によるものでないことは被告の自認するところであるから右免職処分はその権限につき法令上の根拠を缺く無効のものといわねばならない。

被告は懲戒による罷免の外は許されないとしても原告には客観的にみて条例に定める懲戒事由に該当する所為があつたから本件免職処分は結局において相当である旨主張する。しかしいずれも成立に争のない乙第二ない五号証の各一、二、同第六号証、同第十三号証の一、二、及び原被告双方本人尋問の結果(被告本人尋問の結果中以下の認定に反する部分を除く)に弁論の全趣旨を綜合すると被告市長が本件免職処分に出でた真の決定的意図は原告が黒石市々議会議員として現市長派の支持する現行の小選挙区制に反対し、大選挙区制の実現をはかるためにその期成同盟会を結成して現に自らその会長として活動していること、予ねて黒石市消防団長として従来より常備消防署の拡充強化の動きに反対し消防団の現状確保に努めて来たこと等悉く被告現市長の施政方針と相容れないところであつてために原告が被告現市長の市政遂行上極めて煙たい存在であつたことに外ならないことが認められるのであり、これに対して被告が懲戒事由に該るものとして主張する事実の如きはいずれも本件免職処分にあたりさして考慮をめぐらしたことでもなかつたのに本件訴訟後に及んで右免職処分における真の意図とはなんらの関連もない些細な原告の失態を強いて懲戒事由に結びつけるものとの感を免れない。されば本件においては被告主張の右のような議論を容れる余地はないものというべきである。

よつて本件免職処分は前記のような明白且つ重大な瑕疵により無効であり、その旨の確認を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 飯沢源助 福田健次 中園勝人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例